北上次郎のがんばれ熟年!「応援選書」

眠れない夜は体を脱いで彩瀬 まる

北上 次郎 氏
北上次郎(きたがみ じろう)

1946年東京生まれ(本名 目黒考二)
明治大学文学部卒。1976年椎名 誠氏と「本の雑誌」を創刊。「冒険小説論」(双葉文庫)で日本推理作家協会評論賞受賞。他に、「情痴小説の研究」(ちくま文庫)「笹塚日記 ご隠居篇」(本の雑誌社)「本の雑誌風雲録 新装改訂版」(同)「活字競馬 馬に関する本究極のブックガイド」(白夜書房)「極私的ミステリー年代記」(論創社)「昭和残影」(角川書店)「勝手に! 文庫解説」(集英社文庫)等の著作と、「14歳の本棚ー青春小説傑作選」全3巻(新潮文庫)「昭和エンターテインメント叢書」全5巻(小学館文庫)の編著有り。新刊に、椎名誠との共著「本人に訊く(壱)」「同(弐)」(椎名誠旅する文学館)有り。

眠れない夜は体を脱いで(彩瀬 まる)徳間書店 1,600円(税別)
徳間書店 1,600円(税別)

彩瀬まる『眠れない夜は体を脱いで』(徳間書店)は、さまざまな人のさまざまな日々を描く作品集だが、その中に「あざが薄れるころ」という短編がある。

語り手は岩田真知子。八十近い母親と二人暮らしのアラフィフだ。いまは業務用食器の卸売会社に勤めている。生涯で三つ目の職場だが、安い給料でも気に入っているのはセクハラもなく、社風も穏やかだからである。長く付き合った恋人もいたけれど、相手の転勤で関係が途切れたり、最後の最後でうまくいかなかったりと、不思議と結婚に結びつかなかった。しかも数年前に父親が癌で亡くなり、それからは実家に戻って年老いた母親と二人で暮らしている。

一年前から合気道を始めて、いまは黒帯を目指していること。妹の娘が成人式を迎えること。七五三の写真を撮るとき、お化粧なんかしたくないと幼い真知子が泣きだした昔話を母親がすること。妹とは違って自分は、化粧がイヤで、ドレスアップがイヤで、髪を伸ばすのがイヤで、スカートをはくことすら避けたいと真知子が考えていたこと ー そういうことが次々に語られていく。

つまり真知子は、妹のように、女に生まれたことを十二分に謳歌する瞬間はこれからも訪れないだろうとわかっているのである。これまでもそうだったように、これからも。そして、そんな自分の人生を彼女は後悔していない。そういう五十代女性の日々が淡々と描かれていく。

男に生まれたほうがよかったかも、とちらりと思う瞬間もある。それは合気道の練習のときだ。思い切り投げられたい。思い切り投げたい、と思うからだ。その練習の日々がとてもリアルに描かれるのもいい。

そして、ラスト。真知子が母親に言う台詞に胸を掴まれる。彼女がなんと言ったかは本書で確認されたい。

彩瀬まるの傑作だ。

2017 vol.31