はあとふる対談:「2月、午前5時」 ゲスト:片岡 鶴太郎(かたおか つるたろう) / 聞き手:堀正典 救心製薬株式会社 代表取締役社長 慶應義塾大学卒 趣味は謡曲、書道、墨絵、車、ゴルフ、ネイチャーフォトなど

片岡 鶴太郎(かたおか つるたろう)さん
片岡 鶴太郎(かたおか つるたろう)さん
俳優、画家

1954年生まれ。東京都荒川区出身。高校卒業後、声帯模写の片岡鶴八師匠に弟子入り。1981年にバラエティ番組『オレたちひょうきん族』にレギュラー出演して人気を得た。その後、俳優としてドラマや映画の世界に進出。日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、毎日映画コンクール新人賞、キネマ旬報助演男優賞、ブルーリボン助演男優賞などを受賞。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」(小寺政職・役)、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(隈井栄太郎・役)など俳優として活動する傍ら、画家としても活躍中。群馬、福島、石川、佐賀の各県に個人美術館を開設している。2015年3月、書家として作品「夜」で第10回手島右卿賞を受賞した。

華麗なる転身
今日は俳優で画家の片岡鶴太郎さんにお話を伺います。まず芸能界に入られたきっかけを教えてください。
片岡
東京の下町の日暮里出身で、父が寄席好きでした。物心ついた時から寄席へ連れて行かれましたが、子供にとって大御所の噺家さんは、爺さんが背中丸めてお茶をすすりながら喋っているだけに感じて退屈でした。その合間に出てくる漫才やマジック、物まねなどの色物さんは子供でもわかるので楽しかったです。前座の話を覚えて家で披露すると両親が喜びましてね。その笑顔を見て人を楽しませることが快感になり、小学校3、4年の時には芸人になりたいと思いました。5年生から素人参加の素人寄席に出て、高校卒業と同時に弟子入りしました。
その後バラエティー番組などで大活躍されましたが、役者への転機は?
片岡
寅さんを演じる前のテレビドラマに出演されていた渥美清さんに憧れていました。喜劇もシリアスもでき、哀愁のある役者さんで、子供の頃から何て素敵な役者さんなんだと思っていました。彼もお笑い出身の人なんです。私は最初から役者を目指すと、役者は人数も多くいきなり頭角を現すのは難しいと思い、まずは得意の物まねから入って、その後役者になるというシナリオを密かに心に抱いていました。
映画では数々の賞を受賞され、その後人気テレビドラマにも数多くご出演されましたね。そして画家という新たな道を歩まれますが、なぜ突然に画を?
片岡

下町の出身で芸人になることが最大の目標だったので、自分が画を描くなんて思いもしていなかったです。デビューして26、7歳からバラエティ番組に出て有頂天になり、30歳位から俳優の仕事をやり、「季節はずれの海岸物語」や「金田一耕助」シリーズと10年続いたシリーズのドラマがあり充実した30代を過ごしていました。しかし38歳の時、両方とも同じ時期に終わってしまいました。毎年あった仕事が引き潮のようになくなり、人生の後半をどうやって歩みを進めて行ったらいいのか、明日が見えなくなり、毎日自信のない朝を迎えていました。夕暮れ時、家路を急ぐ人々の中、自分だけが浜に取り残されたような焦燥感と薄ら悲しい気分が半年程続きました。

2月のある朝5時、いつものように仕事のスタッフが迎えに来て普段ならすぐ車に乗るところを、なんとなく後ろに気配を感じました。振り返ると赤い花が咲いていたんです。それまで花なんかに全く興味がなかった私が、寒い朝に誰にも見られることもなく凛と咲いているその赤い花に心が釘付けになりました。それが椿だったんです。花とはただひたすらに自分の生をまっとうしている、今の自分はどうだろうか? "魂の歓喜"を表現するにはどうしたらいいんだろうか。画家とはその感動をどのように画にするものだろうかと思い、画集を買って貪るように観ました。自分を感動させた椿を描いてみたいと思ったのが始まりです。
画家は子供時代からの夢ではなかった?
片岡
はい、まったく。ただ描くことは嫌いではなかったですね。小学校の1、2年の頃描いた虎の絵を父が大事に画鋲で部屋の壁に貼ってくれていたことは、子供ながらに嬉しかったですね。
心の音色を紡ぐ
画家は芸人や役者とは違う喜びがある?
片岡
そうですね。人間には多面的なところがあり、自分の中にも陽と陰の部分があります。私は芸人出身で人を笑わせることで陽の部分を、役者として陰(シリアス)の部分を表現してきました。それでは満たされない精神世界を画を描くことで表現できることを発見したんです。それは"色合い"です。私は音楽的才能がないので、心の感動を一曲の調べで表現できませんし、詩人のように一遍のポエムで書くこともできません。そんな時、色で心の音色を奏でるというどちらにもない喜びを知ったのです。
日本画を多く描かれているのも色合いへのこだわりですか?
片岡
文人画、墨彩画も描きますが、最初は墨を使えるようになりたかったですね。日本文化というか私の根源的な部分にバターよりも醤油が好きというのがあったのでしょうか(笑)。頂き物のお礼状を毛筆で、そこにちょっと画が描ける大人に憧れたんですね。
役者と画家、どちらの時間が好きですか?
片岡
どちらも好きで、自分にとってこの2つは呼吸みたいなものです。呼吸は吸う息と吐く息がありますが、芸能活動と絵を描くことはいわば車の両輪や、呼吸のように私にとってはバランスが取れているんです。
役者の仕事は監督さん、共演者の方々、スタッフさんなど総勢50名位で一つの作品を作っていくある種の総合芸術で、その中で私は自分の役を表現するという役目です。2時間ドラマだと1ヵ月程撮影があり、役者として自分の役を具現化することに努めます。1ヵ月も団体行動をしているとふと一人になりたいと思うようになります。するとドラマが終わった後、絵を描く。
絵を描く作業はドラマの作業と真逆で、私の心の音色を紡ぐ作業。個人の個であり、孤独の孤の時間でもあります。1、2週間創作活動をすると寂しくなり、また芸能活動を行います。私の中で創作と芸能の活動が非常にバランス良くできているのです。
衰えぬ創作意欲
これまでの20年間に2000点以上の作品を創作されましたが、これはかなりのハイペースですね。
片岡
最初は40歳の記念に個展を企画して、それには100点必要だと言われ1年間で120点程描いたのがきっかけです。その後3日に1枚のペースを還暦まで20年間続けました。描くたびに、自分はこんなにも画を描く作業が好きだったのかと気づかされます。あの冬の朝の椿が誘ってくれた画の道が本当に好きなのだと思います。
画のモチーフは身近なものが多いですが選ぶポイントは?
片岡
出合いがしらです。例えば知人にいただいた野菜を見たとき、何とも言えずセクシーだったりチャーミングだったりと、どこか擬人化しているところがありますね。特に自然の花、果物、野菜、風景が目に映った時、心が鷲掴みされる瞬間があります。それらに形と色で最大限の賛歌を贈るつもりで描いています。
目に映るすべてが画の対象なのですね。最近は書も書かれているとか?
片岡
字を画としてとらえて書こうと思い始めました。もともと字は象形文字を起源としていますし、書き順などの決まりごとを度外視して絵画の視点で自由に書いています。画も書も並行して書画一体で描いています。
自然の力をエネルギーに
独特な健康法をお持ちとか?
片岡
毎朝4時に起きて、体操、呼吸法、瞑想まで3時間かけて行います。2012年に瞑想をやってみたいと思ったのがきっかけですが、ある先生に出会い、「瞑想とは宗教ではない。5千年前からインドに伝わるヨーガとは、瞑想の中の最終的な部分であって瞑想だけ行うというわけにはいかない」と教わりました。そしてこの一連の行動を全て教わり、毎日実践しています。これをすると身も心も落ち着いて頭がスッキリし、今日一日の準備が整う気がします。
瞑想やヨーガで自然のエネルギーを身体に取り入れ、創作活動にもつながっているのでしょう。
片岡
あとは救心ですね(笑)。救心が長く愛されているのは、自然の生薬を使っているからではないかと思います。人間なにより大事なのはご長寿であること。幸福感に包まれてやさしく穏やかに生きられる、自分の好きなことを精一杯やって元気で長生きすることが一番ではないでしょうか。
当社の製品がこれからも皆様の健康長寿の一助になればと思います。
人生は出会い
座右の銘やお好きな言葉、また今後の抱負などお聞かせください。
片岡
私が人生で一番大事にしているのは『魂の歓喜』です。今日の対談も魂の歓喜でありますし、何よりも人生はご縁であり、出会いだと思っています。私がなぜヨーガや瞑想をしたり、毎日の食事に気を使っているかというと、常に精神も肉体もしっかり管理することによって、いつでもやりたいことをできるようにしておきたいからです。それと自分の体を律することは家族に対しての努めだと思っています。家族に心配させたくないですからね。健康で現役で、好きなことをバリバリしていく、その中にいつも幸福感がある仕事ができるようにしていきたいと思っています。
今後もさらなるご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。
2017 vol.30