アナウンサーはたまたま?
- 堀
- 本日は武田真一さんにお話を伺います。NHK(アナウンサー)を志したのはいつ頃からですか?
- 武田
- 実は最初はNHKに入ろうとは思っていませんでした。私が就職した1990年はバブルが最後の輝きを放っていた時期で、広告界で糸井重里さんをはじめコピーライターが大活躍されていた時代で、彼らに憧れ広告代理店志望でした。しかしその夢は叶わず、どうしようかと悩んでいる時にたまたまNHKを受ける友人に一緒に受けないかと誘われたのがきっかけです。
- 堀
- アナウンサーは職種別採用ではないのですか?
- 武田
- 放送の現場は配属希望を3つ提出でき、記者、ディレクター、アナウンサーを希望する人が多く、私は世界を旅する番組を作りたいとの思いからディレクターを第一志望にしました。ところが実際はアナウンサーとして採用され自分でも驚きました。当時、記者がメインキャスターを務める番組が出始めた頃で、これからの時代はアナウンサーも自分の中に伝えたい事や何を喋るかというマインドがないと駄目という考えのもと、その教育の必要性から他の職種希望者からの採用を試みていた時期でした。本当にたまたまなった感じで、今でこそアナウンサー以外の仕事をしている自分はイメージできませんが、人生不思議だなと感じます。
- 堀
- アナウンサーとしてのご自身の強みと必要な資質とは何だと思いますか?
- 武田
- 評価は視聴者の皆様が判断されることなので、自分の強みは言いづらいというか正直わかりません。一口にアナウンサーと言っても、報道、スポーツ、エンターテインメントなど様々な役割があり、細かく分ければそれぞれ求められるもの、必要な資質が違います。ニュースキャスターは音声だけで正確に複雑な情報を伝える音声表現の技術が求められ、毎日同じ人が同じ時間伝えるわけですから、視聴者に信頼を得られる人間性みたいなものが大事だと思います。人間性は意図して表現できる訳ではないですが、毎日のことだとどこかその人の本気度が透けて見える気がします。あえて各ジャンルに共通な資質を挙げるとすれば、自分の声や言葉で世の中を良くする、社会に貢献する、その情熱をどれだけ持っているかで、私自身、放送って何のためにあるのかを一生懸命に考えてやってきました。逆に質問ですが、放送で世の中を良くするってピンときますか?
- 堀
- 志としては理解できますが、個人の考えと局の考えとの相違にどう折り合いをつけるのかは疑問です。
- 武田
- そうですね、自分一人の思いで世の中のことが全て理解できるほど世間は単純ではないですし、先が見えない複雑な時代を生きているからこそ、色々な発想をするスタッフと議論を重ね、互いに尊重し合う必要があるのではないでしょうか。
- 堀
- その中でご自身が大切にされていることは?
- 武田
- 放送は一人ではできませんし、スタッフと1つのチームとして作るものです。制作者同士意見を戦わせながら何が言えるのか判断し、最終的にアンカーマンが視聴者に伝えるわけです。アンカーマンは映像素材や取材意図から、何を訴えたいのか、その思いを咀嚼する力が大切な部分だと思います。
- 堀
- 刻々と変化する報道の現場ではスタッフ間の十分な意見交換は可能ですか?
- 武田
- ニュースは自転車操業なので、一つ一つの項目をじっくり確認する時間はないですが、私はたとえ放送直前の10分でも「この話題はこんな理解で良いのか」など話すようにしています。VTRが流れた後、スタジオでキャスターがどんな表情で受け止めれば良いのかは結構難しい部分で、喜怒哀楽を素直に表すべきか、少し斜めに見た方が良いのかなどその塩梅を議論したりしますね。単に事実を伝えるだけなら割と簡単なのですが、多様性が叫ばれる昨今、世間ではどんな議論がなされ、自分達はどのスタンスをとれば良いのか、何がみんなのためになるのかを考える点では単にオピニオンを発する人と我々メディアの違いはあります。
- 堀
- インタビュアーとして気をつけることは?
- 武田
- "対話"を重視することです。本当に良いインタビューとは、自分の考えを伝えることで相手が更に考え、新しいことを語るという形だと思います。
- 堀
- 質問事項はいくつ用意するものですか?
- 武田
- 私は割と綿密に準備するほうで、最低10個は用意します。阿川佐和子さんにお会いした際、彼女は用意するのは大まかな3つだけと仰っていました。1時間半のインタビューを3つだけでは不安に思いますが、相手の話から自然と湧き上がる疑問を投げかけるそうで、これぞまさに対話だと思いました。聞く力に長け、自分なりの発想や考えを持ち合わせてこそできることです。また対象が政治家の場合、質問の言葉自体が相手へ切り込むいわば「刃」となり得るので、用意した質問の"てにをは"まで一言一句研ぎ澄まして臨むようにしていますが、そういうインタビューはあまり面白いとは言えませんね。
- 堀
- 勉強になります。政治家への質問内容は事前に決まっているのですか?
- 武田
- 事前に確認される方がほとんどですので大抵はそうですが、通常の国会答弁同様、多少の脱線は許されます。ただ何度か怒られたことはありますけど(笑)。時に答えが返ってこないことを承知の上であえて質問することもありますが、それはメディアとして問いを発することそのものの姿勢が問われるためです。
- 堀
- 2023年2月でNHKを退局しフリーアナウンサーの道を選択した理由は?不安はなかったですか?
- 武田
- 何かきっかけがあった訳ではないです。残って現場の仕事や管理職として組織運営に携わる選択肢もありましたが、定年という目的地が近づき旅の終わりが見え始めたことに一抹の寂しさを感じました。あと5年でNHKのなかでもいろんな出会いがあるかもしれませんが、正直ワクワクしなかったんです。残りの人生、武田真一という一人の人間として仕事をして生きてゆくという覚悟を決めなくてはいけない時かなと思いました。そしていざ退局を決めたら急に目の前に新たな大海原が広がった気がして、自分にとって目標物が見えていたことが不安であり、何も見えないことがこんなにも清々しいことなのかと実感しました。
- 堀
- 普通先行きが見えない方が不安に感じるものでは?
- 武田
- そこは本当に不思議なのですが、私は逆でしたね。
- 堀
- フリーになって感じた職員時代との違いは?
- 武田
- 最大の違いは自己決定権がある事です。物理的には今の方が忙しく自由な時間は全然ありませんが、全て納得してお引き受けする仕事ばかりですので心地よいです。あとは妻が社長ということもあり、どの現場にも夫婦2人で出向くことも違いの1つですね。これまでニュースの仕事ではほとんど機会がなかった「食レポ」なども、単に経験のないことだから楽しいということではなく、先の見えない旅を楽しんでいるといった感覚です。
伝えることの難しさ
形式より対話
人生の新航海時代へ
毎日が新鮮
- 堀
- 週5日の生番組にご出演され多忙な中での情報収集の方法、日頃の健康管理は?
- 武田
- 新聞やニュース、ネットを活用する点では一般の方と変わりないです。仕事を通じポジティブで多様性を表現した若いアーティストに刺激を受けたり、性的多様性や新しい働き方など、変化する価値観に対し自分自身をアップデートさせたりということには気をつけています。私がMCを務める情報番組では、世代の違う出演者が安心して何を言ってもいいというソサエティの実現が目標で、テレビはその雛形を示す必要があると思っています。職場や学校、地域でみんながいろんなことを安心して言い合える、そんな空気が生まれることが理想です。健康管理は十分な睡眠を取ることと、自分にプレッシャーをかけ過ぎないことです。皆さんにあてはまることですが"余人をもって代えがたい"と気負って、自分の役割に過大なプレッシャーを感じながら働くのは、それこそ心臓に良くないと思いますよ。
- 堀
- 若者を中心にテレビ離れが進む中、今後も主戦場はテレビですか?
- 武田
- 大勢のスタッフで作りあげるテレビ現場の雰囲気や緊張感が好きなのでそのつもりですし、もっと観て頂けるようこれからも努力していきます。ずっと放送界で生きてきましたが、メディアの選択は利用者次第ですし、是が非でも放送を残したいという使命感みたいなものはないです。
- 堀
- 今後、やりたい事や目標などを教えてください。
- 武田
- 今まで報道番組が中心でしたが、バラエティ他あらゆるジャンルにチャレンジし体験することで放送業界を味わい尽くしていきたいです。ドッキリも仕掛けられたいですね(笑)。すべてが上手くいくかは分かりませんが、新たな航海に出発しウキウキしながら仕事しているおじさんの姿をお見せすることで、同年代に勇気を与えることにも繋がると思いますし、何より若者に仕事や人生をまずは楽しくやろう、楽しくなければ何かが違うのだよというメッセージを発信していきたいです。
- 堀
- 今後のご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。