ためして!漢方

寝汗の漢方薬

新井信氏
新井 信(あらい まこと)
東海大学医学部客員教授

医師、薬剤師、医学博士。昭和56年東北大学薬学部卒、昭和63年新潟大学医学部卒。東京女子医科大学消化器内科、同大学附属東洋医学研究所を経て、平成17年東海大学医学部東洋医学講座助教授、平成29年より東海大学医学部専門診療学系漢方医学・教授。令和6年4月より東海大学医学部・聖マリアンナ医科大学客員教授。総合内科専門医、漢方専門医・指導医、医学教育専門家。
主な著書:『症例でわかる漢方薬入門』(日中出版)、『わが家の漢方百科』(東海教育研究所)

もともと体が丈夫な方ではありませんでしたが、半年前に新型コロナウイルスに感染してから、ものすごい寝汗をかくようになりました。毎朝、布団が汗でびっしょりで、だるさも取れません。寝汗を止める良い漢方薬はありますか?
(52歳、男性)

寝汗とは「寝ている間にかく自然な汗」のことで、睡眠が深くなると、視床下部の発汗中枢の体温セットポイントが下がり、体温を下げようとして汗をかきます。ですから、妊娠中や月経前などでも、体温が上がって、寝汗を大量にかくことがあります。大量の寝汗の原因には、このような生理的な原因の他、パジャマや布団、室温などの生活習慣によるもの、病気によるもの、高熱後や慢性病で体力を消耗したことによるもの、薬剤によるものなどがあります。病気による寝汗では自律神経失調が原因であることが多く、特に大量の寝汗が長く続く場合、甲状腺機能亢進症や結核、悪性リンパ腫など、西洋医学的な治療が必要な病気が原因となっていることもあります。

漢方では寝汗を「気虚」と考えるのが一般的です。気虚とは、生命エネルギーとしての「気」が不足した病態で、疲れやすい、だるいなどの症状に伴って、寝汗が現れることがあります。このような人の寝汗は、体力がなくて体表面も緩んでいるため、汗をかくというより、汗が漏れ出るという感覚に近いと考えるとよいでしょう。

漢方では気虚の病態に対し、一般に朝鮮人参と黄耆という生薬を含んだ「補剤」と呼ばれる処方を用いて対処します。その中心的な処方が補中益気湯(ほちゅうえっきとう)で、文字通り、「おなかを補って気を益す薬」、すなわち胃腸虚弱を背景に、元気や気力が低下した状態に用いる薬です。この処方を1、2か月間服用していると、徐々に体力や気力が回復し、寝汗も解消することが期待できます。その他、気虚の症状に加え、貧血や低栄養があれば十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、不安や不眠、抑うつ気分があれば帰脾湯(きひとう)加味帰脾湯(かみきひとう)、めまいや頭痛があれば半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、頻尿があれば清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、高齢で体の機能が衰えたフレイルという状態であれば人参養栄湯(にんじんようえいとう)などを使い分けます。また、朝鮮人参は入っていませんが、体力がさらに消耗して寝汗が甚だしい時に黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)という薬を用います。

あなたの場合は、コロナ感染によって体力を消耗し、大量の寝汗とだるさを強く訴えていて、他に貧血などの特徴的な症状がないため、最初に用いてよい処方は補中益気湯だと思います。