インフルエンザは毎年冬に流行する感染症で、高熱、頭痛、関節痛、咳、全身のだるさなど強い症状を引き起こすことで知られており、高齢者が命を落とすきっかけの一つでもあります。最近は冷房の普及により、夏でも流行るときがあり、年中みられる感染症となりました。一般的には数日から1週間程度で回復する方が多いのですが、中には合併症を起こして重症化するケースもあります。インフルエンザ脳症も恐ろしいですが、心臓にも起こることがあり、それが心筋炎です。
心筋炎とは、心臓の筋肉に炎症が起こる病気です。心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割をしていますが、その筋肉が炎症で障害されると、血液を送り出す力が弱まり、不整脈や心不全を引き起こす危険があります。重症化すれば重症心不全や突然死につながることもある、決して軽く考えてはいけない病気です。その原因の一つがインフルエンザのような感染症で、新型コロナウイルス感染症でも起こり得ます。

心筋炎の初期症状は、何となくの息苦しさ、疲労感などで、感染症の症状と重なる部分が多く、初期には医師でも専門でないと、見逃しやすいです。急速に重症化して血圧が下がり、意識を失うような危険な状態に陥り、救急車で運ばれることもあります。そのため、早期に対応することが何よりも重要になります。若い人でも発症する可能性があります。重症な心筋炎は、私が心臓外科医のときに専門としていた人工心臓の適応になる場合があります。人工心臓で心臓を休めている間に心筋が回復する場合もありますが、回復せず、重症のままで心臓移植に至る場合もあります。
日本は心臓移植の数が少なく、待機期間も何年も待つ場合もありますので、大阪・関西万博の目玉展示となったiPS細胞による再生医療が期待されているところです。劇症型心筋炎でお亡くなりになった若い患者さんの記憶は私の脳裏に今も深く刻まれています。

心筋炎にならないためには、とても大切になるのがインフルエンザワクチンによる予防です。ワクチンを接種することで、インフルエンザにかかりにくくなるだけでなく、万が一かかっても重症化を防ぐ効果が期待できます。心筋炎のような重い合併症を起こすリスクを減らすことにつながるのです。ワクチンを打ってもインフルエンザにかかると反論があるかもしれません。確かに100%予防できるわけではありませんが、ワクチン接種者は感染しても軽症で済むことが多く、入院や重篤な合併症を防ぐ効果が示されています。また、ワクチン接種は自分を守るだけでなく、周囲の人を守ることにもつながります。高齢のご家族や基礎疾患のある方、妊婦さん、まだワクチンを接種できない小さなお子さんにとって、身近な人がインフルエンザにかからないことは大切な予防策です。
家庭や職場、地域社会を守るという視点でも、ワクチンは重要な役割を果たします。職場での集団接種も有効ですので、産業医に相談するとよいでしょう。心筋炎は発症してからの治療が難しい病気です。だからこそ、「かからないように備える」ことが賢明な選択です。インフルエンザワクチンは、流行するだろうと予測されているウイルスの型に合わせて作られます。そのため、毎年接種することが推奨されています。インフルエンザは単なる風邪とは違い、時に命に関わる合併症を引き起こします。その代表の一つが心筋炎です。心臓は一生休むことのない大切な臓器であり、その働きが損なわれることは全身に大きな影響を及ぼします。ご自身やご家族を守るため、そして職場や地域のコミュニティーを守るために、インフルエンザワクチンを毎年、確実に打ちましょう。健康を守る小さな一歩が、心臓を守る大きな安心につながります。

