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生薬のはなし

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牛黄(ゴオウ)その二

前頁は古い時代、牛黄はどのように使われたのかということを古い書物に記載されている事実に基づいて説明いたしましたが、今風に牛黄の薬効をまとめてみますと、以下のように大別できるのではないでしょうか。

牛黄(ゴオウ)

解熱作用

かなりひどい熱を発するような場合に用いられたようです。これは、牛黄がひどい高熱だけにしか有効でないということではなく、牛黄の作用が確実であったため、重病のときの解熱にしか使われなかったということでしょう。なにせ昔から牛黄はとてつもなく貴重な生薬であったわけですから、ちょっとした発熱などには使われなかったと考えるのが妥当でしょう。薬理実験でも、アミノピリンのような解熱作用はありませんが、確実な解熱作用があります。それに、化学的な合成物質と違い、正常体温まで下げてしまうことはありません。また、近畿大学薬学部の久保道徳教授のように牛黄は単なる解熱薬ではなく、発汗解熱薬だと説明される先生もいます。久保先生は漢方生薬が免疫系を賦活することにより病気を治すことを様々な実験で証明されている方ですが、牛黄も血流を盛んにすることによって発汗を促し、病気の原因となっているウイルスなどの異物を体内から汗と共に排泄し、さらに免疫能を亢進することによって治癒をはやめると説明されています。さらに牛黄には直接ウイルスを不活性化してしまうという作用もあります。北京の中国友好病院の金恩源先生らは日本脳炎ウイルスを、兵庫県立東洋医学研究所の新井喜正先生らはチクングニアウイルスを使った実験でこれを証明しています。要するに牛黄は、発熱という生体にとっての重要な生理的防御反応を抑制することなく、解熱作用を現すというすぐれた生薬であるといえます。単に熱を下げるだけの解熱剤ではないということです。

日本脳炎ウィルス

日本脳炎ウィルス

循環器に対する作用

牛黄の強心作用は薬理実験などでは、それほど強いものではなく、牛黄の循環器に対する作用の中心は末梢血管の持続的拡張による降圧作用だとされています。従来は強心作用が中心に考えられていましたが、現在では、末梢血管の拡張と、抗アドレナリン作用がその本体であろうと考えられています。牛黄清心丸のような牛黄製剤の効能が高血圧の随伴症状の改善を謳っているのはまことに当を得たものであることがわかります。ただ、残念なことは、牛黄のこのような効能は、現代の臨床例が十分ではないという理由で、表示できないということです。牛黄を使用した製剤をもつメーカーは、牛黄の素晴らしさを一人でも多くの人々に知らせるためにも、新たな臨床例を積み重ね、伝承されてきた効能を証明してゆく責務があるとおもいます。

鎮静・鎮痙作用

牛黄が『名医別録』に「小児百病…を療ず」と記載されているように、わが国では主に小児の特効薬として、救命丸、奇応丸、感応丸などに配合され、現在でも使われていますが、このような伝統薬は家族のありかたが従来とは変ってきたことに伴い、親から子へ、子から孫へとの伝承が途切れがちになることは否めません。牛黄の素晴らしい効果を考えると残念なことといわざるを得ません。これらを裏付ける薬理作用は、カフェインやカンフルなどの興奮作用を抑制したり、ウレタンや溶性バルビタールの鎮静作用を増強することで証明されています。

利胆作用

牛黄の利胆作用は、多分これに含まれている胆汁酸によるわけですが、胆汁酸塩は脂肪の消化を促進するばかりでなく、腸壁を刺激して腸の蠕動を高め、緩下作用をあらわします。いろいろな有機物と結合して安定化するので解毒作用もありますし、中枢神経を抑制する作用もあります。また、細菌の抑制作用や、ロシアの学者の発表によれば喘息や蕁麻疹などの疾患にも大変良いという話もあります。ともあれ、牛黄の胆汁酸成分も牛黄の多様な効能の一部になっていると考えられます。

解毒作用

牛黄の解毒作用が、東洋では病気による、または病気のもととなる毒素を取除くという意味合いが強いのに反し、西洋では毒殺に対する解毒薬として珍重されていたふしがあります。牛黄のことを英語ではベゾアール(bezoar)といいます。語源はペルシャ語の「padzahr」で、「pad(反)」「zahr(毒)」すなわち解毒剤という意味です。

従来、牛黄に多く含まれるビリルビンなどの胆汁色素は、排泄されるべき老廃物にすぎないとされていましたが、最近の報告では過酸化脂質に対する最もすぐれた抗酸化剤であるα-トコフェロールより優れた抗酸化剤であることがわかってきました。すべての病気の原因、またはすべての病気に活性酸素などの過酸化ラジカルが関わっているのではないかと考えられる今日、牛黄の過酸化ラジカルに対するスカベンジャーとしての役割は注目に値するものではないでしょうか。

ベゾアール(ミネソタ動物歴史博物館)

ベゾアール(ミネソタ動物歴史博物館)

終わりに

さて、『本草綱目』のなかに次のような記載があります。それは、「凡そ牛にして黄あるものは身上に夜間光があり、……」というものですが、これは牛黄を持った、すなわち胆石を持った牛は、夜光るというものです。以前は荒唐無稽なこととして、無視されていた箇所と思われますが、最近の研究では、なんらかの疾患をもった生物は発光するということがわかってきました。牛黄を持った牛は、胆石症ですから、光るわけです。ただ、それは極微弱な発光ですから人の眼では確認できないとされています。しかしアフリカのある種族の視力は都会に住むヒトのそれをはるかに越えていることを考えると、今更ながら古人の観察眼の鋭さには驚きを禁じえません。

著しく進歩したと考えられている今日の科学も、案外原始的で、わからないことのほうが多いようです。牛黄という生薬、まだまだ研究することが沢山ありそうです。

【引用文献】

岩城利一郎、薬局 18:163 (1967年)
金恩源ら、Pharma Medica 4:121 (1986年)
新井喜正ら、和漢医薬学会誌 4:402 (1987年)
長沢元夫、世界の生薬 (4):1 (1977年)
久保道徳、協励 (10):10 (1989年)
鈴木真海・木村康一、新註校訂国訳本草綱目 (1979年) (株)春陽堂書店
M.DeBakeyら、Surgery 4:934 (1938年)
R.Stockerら、Science 235:1043 (1987年)